特別審査員 なぎら健壱さん
縦横無尽に乗り継げた都電はまさに都民の足
実は、都電にはあんまり乗ってないんです。銀座生まれ葛飾育ちなんで、銀座は都心過ぎて乗らなかったし、荒川を越えちゃうと都電はなかった。たまに乗った都電の記憶は、とにかくものすごく混んでたなあ。車掌さんが乗客の切符にはさみを入れて、後ろに行って「チンチン!」ってするのが間に合わなくて、天井に渡してある緑のひもを途中で引っ張って鳴らしたりしてね。通学で都電を使ってる友だちは多かった。「何系統に乗ってどこそこで乗り換えて…」って。全盛期の都電は四十一系統まであって乗り換えができて、自由奔放な感じがしましたよね。
十年前に荒川線の沿線を歩いて写真集を作りました。これだけ東京を歩き尽くしているあたしが、東京の中で一番行かないエリアだったから、面白いかなと思って。実際、昔の東京に出会えました。でも「ああ来るのが遅かった」とも思った。十年早く行ったとしても同じように感じたでしょうけどね。町はどんどん変貌してますから。
乗ったり降りたりして自分なりの地図で歩く
あれから十年たったけど、荒川線沿線には昔の東京が今も残ってますよ。路地裏なんかに住んでる人の息吹や、暮らしが垣間見える場所がやっぱり好きなんですよね。
最近は荒川線に乗るためにわざわざ行く人も増えているみたいですが、乗ったらぜひ町を歩いてほしいです。事前に調べるとそこを目指しちゃうから、ガイドブックも見ずに。面白いものに出会えるかどうかは、その人の感性と運。一日乗車券を買って、乗ったり降りたり、自分なりの地図でね。私は面白かった!みんなが面白いかどうかはわかりません(笑)。でも、いろんな感性にひっかかるものが転がっている沿線です。
なぎらさんが2006年4~9月に荒川線に乗ったり降りたりして撮影した中の1枚
-
なぎら健壱さん
フォークシンガー、俳優、タレント、エッセイスト。1952年、東京銀座(旧・木挽町)生まれ、下町育ち。1970年、全日本フォークジャンボリーでデビュー。1972年ファーストアルバム「万年床」をリリース。趣味はカメラ、散歩、自転車、落語、飲酒、がらくた収集など多彩。テレビ、ラジオ、映画、ドラマ、新聞、雑誌など幅広く活躍。下町をテーマにした著書多数。