忘れられない
宮下 春恵 63歳 東京都墨田区在住
私の家の向かいの家に住んでいた従兄妹の弘子ちゃんが高校を卒業して間もなく結婚することになり、伯父に「式で何か一曲」と言われた姉と私。すぐ近くに住む従姉妹のねーねとしのぶに声をかけて、四人組バンドを結成することにしました。
あの頃はフォークバンド真っ盛り。「お祝いには、派手な曲を」とジローズの『戦争を知らない子供たち』を歌うことにしました。
姉とねーねがギターを担当。ギターに合わせて歌う練習を繰り返し、式の迫った休日に私たちは代々木公園へ向かいました。緑三丁目停留場から都電に乗って、乗り換えをしながら到着した園内でコーラスの練習に熱中。すると気づけばもう空は茜色に染まり、急いで帰宅の途につきました。
私は通学も都電を利用し、どこに出かけるにもいつも都電。姉も私も、従姉妹たちにとっても都電はあって当たり前のもの、無くてはならないもの。それがもうすぐ廃止になってしまう頃の夕方でしたので、須田町発二十九系統の乗客は私たち四人だけしかいませんでした。
「貸切かしら?」などと話していると、ギターを持っていた私たちに運転手さんと車掌さんが「バンドやってるの?歌ってくれないかなぁ」と話しかけてくれました。
四人で顔を見合わせましたが、人前で歌う練習と思い、
「よし、せいの!」
緑三丁目停留場まで歌い続けました。
「あっ、降りなきゃ」
「いい歌聞かせてもらったよ。ありがとう」
手を振る私たちに向けられた優しい運転手さんと車掌さんの笑顔。
忘れられません。