赤帯都電の車掌さん
近江 やわら 47歳 東京都荒川区在住
昭和五十年頃は、すでに都電は荒川線一本のみ。路線には、六〇〇〇形やリニューアル前後の七五〇〇形、七○〇〇形などが走っていたと記憶しています。
現在はワンマン化され、運転手さんだけですが当時は車掌さんも乗っていました。都電に乗ると切符を記念に持ち帰りたくて、下車するときに運転台にある回収箱に入れずに降りようとすると、「こら!」。そのため子どもの頃は、運転手さんは怖い人、車掌さんは優しい人というイメージを持っていたと記憶の片隅に残っています。
車掌さんの優しさに出逢ったのは、私が小学生の頃。同級生の子と一緒にふらっと早稲田へ出かけることになりました。
町屋停留場で待っていると、走ってきたのは黄色い車体に赤い帯の入った古めかしい都電。青い帯のものも走っていましたが、私は決まって赤帯都電に乗っていました。
今は前から乗りますが、あの頃は後ろから。赤帯都電に乗ると、黒いカバンを持った車掌さんから切符を貰います。十月でしたが、少し暑かったので窓を開けて風を受けます。ウオ~ンという音の割にはたいしてスピードは出てないため、感じる風もゆるやかです。
面影橋を過ぎてもうすぐで早稲田というところで、ひょんな拍子に切符が手から離れて車外に飛んでいってしまいました。
「ごめんなさい」
私は車掌さんに謝ると、笑顔で手渡された切符。それをもらって回収箱に入れ、下車することができました。
あの時の車掌さんの優しさに、私は温かい空気に包まれたことを覚えています。