初めての一人旅
三宮 久子 65歳 茨城県つくば市在住
幼い頃からよく父と母に連れられ、外苑前の従兄の家に遊びに行っていました。いつか一人で行きたいと思い、ずっと両親にお願いしていましたが、なかなか許してもらえず、小四の夏休み、やっと一人で行く小さな旅が叶いました。
父に乗り換え手段や電車の乗り方、どこに座ると良いかを教わり、渋谷駅前から都電に乗りました。平均台に似た「安全地帯」。大人になった気分で待っていると、男の車掌さんに行く先を聞かれ、穴の開いた切符を買いました。降りる時になると、車掌さんが「次だよ」と教えてくれます。
子どもにとってイスは固く高く、奥行がないのでゆれると落ちそうになり、踏ん張っているのが周りの大人には分かるのか、気にかけてくれているのが伝わってきます。「どこまで行くの?」「一人なの?」と声をかけられ嬉しく思いました。
外の風景がゆっくり流れます。お店のスイカの値段まで見えました。お店のおばさんの顔や着ているものも、はっきり見えます。運転手、車掌、客、すべてが見える空間。曲がる時、一斉にゆれる、皆、笑う。よろけて人の膝に乗ってしまう人もいましたが、車内には笑顔があふれていました。
子どもが一人で、安心して乗せてもらえた「都電」。都電に乗り、大人の世界を覗けたことは、子どもの私にとっては貴重な体験。ガッタン、ゴットン、あの音は、人の心臓の音に似ていたのか、ワクワク感と重なり、私を「幸せ」にしてくれました。レールの上をゆれながら、鐘を鳴らし、夢をのせて走ってくれた、緑の「チンチン電車」。従兄の家は高速道路となり、都電と共に消えて行きました。でも、私のどこかに今も走っている「都電」。