おじいちゃんの車掌バッグ
西守 真奈美 51歳 東京都豊島区在住
小さい頃、祖母の部屋に行っては押入れを開け、古くなった黒い車掌バッグを首にかけ、切符を切るパンチを片手に持ち、パチンとチラシに穴をあけては、「どうじょ、おとおりくだしゃい」と遊んでいたことを、時々ふと思い出す。
それから何年かたったある日、押入れの整理をしていた祖母に「なんでおばあちゃんが車掌バッグなんて持ってるの?」と聞いてみたことがあった。祖母はニコッと笑った目の奥に何とも言えないさびしそうな涙を抱えながら話してくれた。
私が生まれる前に病気で死んだおじいちゃんのこと。おじいちゃんはずっと都電の運転手をしていたこと。そのおじいちゃんが、空襲の時に都電を守るために「大塚車庫」まで走ったこと。おじいちゃんの安否を心配して、私の父がそこまで探しに行ったこと――。
祖母は沢山の話を私にしてくれた。おじいちゃんは命をかけて都電を守ろうとした。大塚車庫前を走っていた十六系統は、私が小学生の頃に廃止になっていたが、初めて聞いた昔のことに、今でも忘れられないほどの衝撃を覚えている。
私が“車掌ごっこ”で遊んでいたことを、あの頃、きっと祖母は天国にいるおじいちゃんに報告していたのかもしれない――。
今、通勤や買い物で都電荒川線を使っている。「大塚車庫」のあった辺りになると、三人の子どもたちにこの話をする。
「あなたたちのひいおじいちゃんは、都電の運転手をして家族を養っていたのよ。だからお願いね、もし都電がなくなりそうになったら、あなたたち皆で、出来るだけこの路線を残していくようにがんばってね」と。