思い出の写真
須藤 貴 52歳 東京都多摩市在住
私が子どもの頃、父が運転する都電に乗ると、いつもより父が大きく、凜々しく見えた。東京生まれで、幼い頃から都電沿線で育った父にとって、都電の運転手は憧れの職業だった。父は都電の仕事に誇りを持っていた。
平成七年頃、私の娘が五歳、息子が二歳の時、父は荒川線の運転手として最後の年を迎えた。父があんなに大きな乗り物を一人で運転しているところを子供たちに見せてあげたかった。父にとっても孫が見つめてくれることが誇らしく、幸せを感じてくれるだろうと思った。父のうれしそうな顔が想像できた。
どこから乗ったかは忘れてしまったが、父は私の家族を乗客として迎えてくれた。私は息子を運転席の近くに立たせ、父の雄姿を間近で見せてあげた。制服に身を包み、幾分緊張した面持ちの父を、息子は不思議そうな顔で目を離さず見つめていた。「いつもの爺ちゃんと違うな」という感じで見つめていた。その間父は、孫に語りかけるでもなく職務に集中していた。
荒川車庫前で乗務を終えた後、車内でほんの僅かな時間だが、孫と爺ちゃんの時間をいただいた。「よく来たな」と、父は息子に自分の帽子をかぶらせ、娘の肩を抱き、彼らが自分の乗客になったことを満面の笑み喜んでくれた。
私たち家族にとって、かけがえのない時間だったと思う。その時に撮った写真は、今でも懐かしく見返すことがある。成人した子供たちや八十歳近くなった父だけではなく、私にとっても大切な宝物である。