最後のデート
中村 昭子 49歳 東京都大田区在住
平成十八年四月のある日、妹から一日だけ子どもたちを預かってほしいと電話がありました。
甥っ子は五歳、下の姪っ子は三歳になり、その日は二人に「家でアニメのビデオを見ながらママを待ってようね」と言って聞かせました。アニメの好きな甥っ子は納得してくれたのですが、姪っ子は「お出かけしたい」とぐずりだしてしまいました。
すると、いつもは出不精の父が、「あらかわ遊園に行くか?」と突然言いだし、皆で出かけることになりました。
父にとってたった二人の孫。住まいが遠く、なかなか遊びに来られない孫たちを、父はいつも心待ちにしていました。
王子停留場から都電に乗り、荒川遊園地前で下車。私は甥っ子と手を繋ぎ、父は小さな姪っ子の手を握りしめ、園内で動物を見たり、小さな乗り物で遊んだり、子どもたちは本当に楽しそうに、無邪気にはしゃいでいました。最後に、父と姪っ子がメリーゴーランドに乗り、記念にと携帯電話で写真を撮りました。
その帰り。都電に乗りながら、王子の一つ手前の栄町で夕日を浴びながら父が、
「お前が小さい時も、手を引いて都電に乗って一緒に来たんだ。覚えてるか?孫と来るのもいいもんだな。ちょっと疲れたけど、また連れてくるかな」
独り言のように言いました。
姪っ子と撮った写真を携帯電話の待ち受けにして、毎日毎日ながめていた父は、その年の五月に体調を崩して入院。十一月に亡くなりました。
「また連れてくる」
それはかなわず、あらかわ遊園へ行ったあの日が、孫や私との最後のデートになりました。
あれから時々、都電に乗ります。その度に、父の言葉と姿がよみがえります。想い出のなかの父は、いつも都電のなかで栄町の夕日を浴びています。