定期券はクラス会
高野 宏 58歳 東京都豊島区在住
都電の運転手になりたかった。
紐を引っ張って「チンチン!」とベルを鳴らしたり、乗車券に「パチン!」と鋏を入れたりしている車掌さん。レバーをガチャガチャ廻して都電を動かす運転手さん。二人のコンビの姿が楽しそうで、僕もやってみたいと思っていた。それがいつしか「都電の運転手さんになりたい」という思いになって、小学校の作文にもそう書いた。
幼稚園と小学校の八年間、僕は十六系統で通った。長嶋を見に後楽園球場へ行く時も、神保町のおじいちゃんの家へ行く時も、相棒は都電。僕の傍には、当たり前のように都電がいた。だから期限が切れた都電の定期券は、僕の宝物。いつの間にか、僕の都電好きはクラスでも有名になり、「定期が切れたらあいつにあげる」と、沢山の同級生が期限切れ定期券をくれた。
僕らが小学校を卒業する年、相棒十六系統は、他の都電たちと一緒に東京の街から消えていった。最後の日、僕はカメラをぶら下げて乗り込んだ。昔から僕の指定席は、運転手さんの横。席が空いていてもここに立って、景色と運転手さんを交互に眺めていたっけ……。僕の見てきた風景が、どんどん変わってしまうなと思いながら。
あの頃みんなに貰った定期券は、今も全部持っている。区間も発行日もバラバラ。下半分に描かれた路線図には、赤ペンで利用ルートに線が引いてある。蜘蛛の巣のように張り巡らされていた路線図だったのが、年を追うごとに空白が増えていくのが切ない。その上には、昭和三十三年生まれのクラスメートの名前が書かれている。
僕らは都電の子。