雪が降っていても
小曽納 正一 65歳 栃木県宇都宮市在住
あれは五十年も前のことです。高校に入学した私は、入学記念に買ってあげるという両親の約束を待てず、欲しかったステレオを自分で購入するために、アルバイト先を見つけました。
国鉄(当時)の五反田駅から都電四系統に乗り換え、赤羽橋停留場へ。東京タワーのすぐ下にある会社に面接へ行き、後日、採用の連絡をもらいました。
ところが初出勤の日は、大雪。国鉄も止まっていたため、五反田駅には行けず、五系統の走る目黒駅前停留場を目指し、徒歩で一時間ほどかけて向かいました。停留場に着いたとしても「都電も止まっているかもしれない」、「仕事場まで行きつけるのか…」などと思案しながら歩いていると、雪の中で点灯するライトが目に飛び込んできました。
都電が走っているではありませんか。すぐに乗り込み、指定された時間内に仕事場へ着くことができました。
会社の人から「今日は誰も来ないと思っていたから、来てくれて本当に助かった」と褒められたのが嬉しく、心地良く、プチ社会人としての「責任」を果たせたなと、一人悦に入っていたのを思い出します。
あの時、都電が動いていなかったら、仕事場に行くことはできず、私は自宅へ引き返していたかもしれません。大雪のなかでなんとか都電を動かそうと路線にたまった雪を懸命にほうきで掃いていた職員の方々の姿が心に残っています
一社会人として、「仕事の責任を果たす」という心積りを今日まで失わなかったのは、大雪の中でも公共の責任を全うしていた都電があったからなのだと今更ながら思います。
そして、今でも「都電」は私にとって恩人であり、昔の大切な「仕事仲間」なのです。