廻る優しさ
福戸 もえ 33歳 東京都中野区在住
靴底からじわりと熱が伝わってくるような、暑い夏の日でした。就職活動も佳境だった私は、大きな就活用カバンを持って、慣れないスーツを着て、これまた慣れないヒールの靴を履いて、鬼子母神前で電車を待っていました。
運良く席に座れ、電車に揺られること数分。東池袋四丁目の停留場で足元を確認しながら、ゆっくりその人が乗ってきました。車内はあいにく、席は全て埋まっていて、立っている人もちらほら。
「よかったら、どうぞ」と、私は近くに来たその人に席を譲りました。
「ありがとうございます」と、その人ははにかんだような笑みを浮かべながら私に言って、席に座り、重そうなお腹を愛おしそうにさすっていました。そう、その人は妊婦さんでした。
時が経って、私も子どもを授かり、男の子が産まれました。電車が大好きなその子と一緒に、久しぶりに都電荒川線に乗りました。その日も暑い日で、奇しくも鬼子母神のお祭に向かった時のことです。デジャヴのようでした。就職活動中であろうスーツに、カバンと靴。
「どうぞ」と少し遠慮がちに席を譲ってくれたポニーテール姿の女の子は、あの日の私のようでした。
「ありがとう」と私はその女の子に言って、席に座りました。二人目がいるお腹はまだ小さかったけど、マタニティマークに気づいて譲ってくれたようです。巡り巡って、優しさのバトンをもらったようでした。
当時二歳だった上の子は四歳。赤ちゃんを抱くお母さんを見ると席を譲ろうとする様子も見せてくれるようになり、そんな心を大事に育てていきたい。これからも、都電荒川線で優しさのバトンが繋がっていきますように。